2008年11月23日 (日)

あの頃私も若かった!-4

この度の一連の写真、1984年の秋のものであることは種明かしいましたが、当時私は某自動車メーカーに勤めていました。

この頃は会社の経営状態も宜しくなく、○○銀行の支援を受け、大勢の銀行マンが経営建て直しに乗り込んできていました。

そんなある日、私は銀行から乗り込んできた役員に呼び出されました。『○○さん、あなたはホンダのオートバイに乗られているそうですが、平の社員ならいざ知らず、幹部社員のあなたには是非とも我が社の車に乗って貰らいたいのですが・・・』

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当時、泣く子も黙る○○銀行の派遣役員からの、命令にも等しい言葉でした。 しかし私はひるまず言いました。『確かに私はホンダのオートバイを持っていますが、それに乗るのは休日だけで、通勤には以前から我が社の車を愛用していますけど・・・』

その時の○○銀行の派遣役員のうろたえかたと言ったら想像がつくと思います。『それは知りませんでした。申し訳ありません』と平謝りされました。

そんな事とは関係ないと思いますが、私が関連会社に出向した後も、大阪の○○銀行本店に行くと、一般の人は立ち入り禁止の5階の赤絨毯を踏ませて貰いました。

陰の声 : それにしても飽きもせずに、何時までオートバイの写真を出すのでしょうか??

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2008年11月22日 (土)

あの頃私も若かった!-3

前回までの写真は皮製の上下でしたが、それでは真夏には暑すぎるため、真夏だけは木綿の上下を着る事にしていました。何も特別なものではなく市販されている厚手の作業服です。

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ただの作業服だと様にならないので、胸の辺りにHONDAのワッペンを縫い付けました。これで一寸見にはHONDAの純正に見えたようです。(縫い付けたのも勿論私です)

このスタイルで、よく白バイと間違えられました。よく見れば黒バイなのに何故?! エンジンガードの上に付けたフォグランプが紛らわしかったのでしょうか??

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追記: オートバイに乗る人の常識ですが、「絶対肌を出さない事、身に着けるものは革製か木綿製で化繊は着ない」事でした。もし転倒しても路面との摩擦熱でやけどや大怪我をしないためです。

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2008年11月19日 (水)

あの頃私も若かった!-2

HONDA  CB750 を、インターネットで検索すると、次のような解説文を見付けました。

1969年にセンセーショナルに登場したCB750は、ホンダの技術の結晶として誕生したマシーンで、高速道路の世界的な普及に伴う長距離高速ツーリング時代の要求に応えた高性能オートバイでした。

世界初の量産並列4気筒OHCエンジンを搭載し、最高時速200km/hというスポーツモデル。このモデルの出現で、多気筒ビッグバイク時代が到来、発売開始とともに世界中でヒットし、世に「ナナハンブーム」を巻き起こしました。

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じっくり車体を観察する為に写真を変えて見ました。前回の写真は足が邪魔でした。前輪前の84の数字は日付で、1984年に撮影したことを表しています。

この車種は正確には HONDA CB750K と言い、1975年頃から1980年頃までの間に生産されたようです。OHC空冷4気筒、マフラーが左右2本づつシンメトリーに付いていました。このマフラーの跳ね上げ角度がまた絶妙で、これ以外の角度は有り得ないと思いました。

タイヤはチューブレス、ホイールはアルミホイールでした。(ホイール部分はアルミダイキャストの切削加工、スポーク部分はアルミ板のプレス加工)

この車、10数年前に引越しをした時、不動屋さんに無料で処分を依頼したところ、後日10万円で売れたとの報告がありました。

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2008年11月17日 (月)

あの頃私も若かった!

この所、野暮用が多くて、ろくにブログも更新せずご無沙汰していました。やっと一息つけたので、何かブログのネタになるものは無いかと探したら、今の季節にピッタリの昔の写真を見つけました。

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このオートバイはホンダの750cc。この車に乗るにはジーパンは似合わないと(勝手に)思い、全身ぴったりサイズの革製品を探しました。結果的にはジャンバーは東京で、ズボンとロンググローブは広島で、ロングブーツは大阪で、ようやく手に入れた次第です。(何でも「形から入る」私の悪い癖です)

いかがですかこの写真? 様になっていると思いませんか?? あァ~あの頃私も若かった!

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2008年10月25日 (土)

帽子にまつわる昔のお話

我が家には、人前で一度も被った事が無い帽子が3つもあります。

1つは、1年程前にもこのブログで紹介しましたが、本場チロルで買ったチロリアンハットです。今は記念バッチの台座に甘んじています。

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残る2つは、いずれもカウボーイハットで、1つは牛革製カウボーイハット、もう1つはフェルト製のカウボーイハットです。

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この2つのカウボーイハットには、各々特別な想い出があり、今までナフタリン臭い押入れの中に保管されていました。

左の牛革製カウボーイハットは、1977年6月に「車の錆の調査」でアメリカに行った時のことです。アリゾナのフェニックスからキングマンまで車で移動中、私が『こんな砂漠の風景にはカウボーイハットが似合いそうだから1つ買いたいけど、私の頭に合うサイズがあるだろうか?』と何気なく言ったのが発端です。

同行していたF社の技術者たちが、『アメリカ人は体格も大きいし、あなたに合う帽子ぐらい幾らでもありますよ!』と、カウボーイ用品専門店を幾つか案内してくました。しかし私の頭に合うものは生憎どこにも無く、残念ながら買うことは諦めざるを得ませんでした。

それから数ヵ月後、今度はF社の技術者たちがミーティングのため来日しましたが、その時に 『とうとうミスター○○に合うサイズの帽子を見付けましたよ』と、アメリカから持参したこの帽子をプレゼントしてくれたのです。

ナメシの足らないごわごわの牛革を、大胆に切り抜いて縫い合わせた素朴な作りのこのカウボーイハットは、カウボーイが牛の群れを追い回す場面で被ると、一番お似合いではないかと思います。

右のフェルト製カウボーイハットは1982年10月に、「PL訴訟のトライアル」でオクラホマのタルサに行った時、ホテルの近くを散策していて、偶然帽子屋を見付け手に入れたものです。サイズが合ったものだから、スーツケースに収まりきらないのが判っていていながら、ついつい買ってしまいました。

こちらは同じカウボーイハットでもフェルト製でちょっぴり品があり、保安官に良く似合いそうです。いやいやカウボーイでも酒場に女を口説きに行くときには、この帽子に被り直して出掛けたかも知れません。

これら2つの、いや3つの帽子は今後とも先ず人前で被る事はないでしょう。 だがご用心、何年か先にボケの始まった老人が『昔は良かった。昔は良かった。』とこの帽子を被って話し掛けて来るかもしれませんョ。(笑)

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ちなみに、この帽子のサイズは 71/2でした。アメリカでは頭の短経と長経を足して2で割った値がサイズとして使われている様です。

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2007年10月26日 (金)

メープル ・ カエデ ・ かえで ・楓

すでにお披露目はしたが、この写真は10月18日に2両目の車両として、我が家に入籍したLGBのスターターセット「CN Freight Set」 である。  初めて「クラウス Passenger Set」 を購入してから、実に8ヶ月が経っている。クラウスもさぞかし寂しかったであろう。

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仲間入りしたからには名前で呼んでやりたい。できれば「クラウス」のように愛称で呼んでやりたいと思い、色々考えた挙句 CN に因んで「メープル」と呼ぶことにした。

メープルといえば、身辺にメープルと名の付くものが色々あることに気付いた。

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先ずはカナダ国旗にCANADAの文字をあしらったワッペン。スーツケースに目印に貼ろうと思って買ったけど、勿体無くてそのままになっていた。小さなのは「メープル」に貼り付けて見ようとコピーして作った小型のワッペン。 今のところは貼るのはやめにした。

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この2枚の楓の葉っぱは、カナダで拾った本物である。本物と言っても7年間もすると色あせる。これは帰国後直ぐにスキャナーでスキャンしたもので、色は忠実に再現んされているつもり。 この種類がカナダ国旗の図柄になったようだ。

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これはお土産に買ったカナダの工芸品(?)。銅板をガスバーナーでカットしてその時の熱で模様が出来ており、二枚と同じ物はない。楓はカエデもこちらの楓の形が私は好きだ。

最初はあまり好みではなかったアメリカ型の車両も、過去の想い出と結びつける事で、だんだん愛着が持てるようになってきた。不思議なものだ!!

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2007年9月 4日 (火)

登山記念バッジのお話-3

5年前、南アルプスの仙丈ヶ岳と甲斐駒ヶ岳に登った時の事である。無事に2つの山を完登し、最後の山小屋で従業員に『甲斐駒ヶ岳のバッジはありませんか?』と尋ねたら、『そんなものはありません、ここの山は「駒ヶ岳」で甲斐駒ヶ岳ではありません』と、ぶっきらぼうな返事が返ってきた。

山小屋の従業員はみんな愛嬌があって親切だっただけに、一瞬びっくりした???。後で判った事は、ここの人達は甲斐の国の人達ではなかったようだ。(韓国や北朝鮮の人達が日本海を日本海と呼びたがらないのと同じものを感じた。)

ちなみに、駒ヶ岳と名の付く山は私の知る限りでも5~6座はあり、秋田・会津・木曽・甲斐など冠に地名を付けて区別しているようだが、私のパソコンの地図ソフト「プロアトラス」では木曽駒も甲斐駒もただの駒ヶ岳としか表記されていなかった。無難な表現かもしれない。

今回、改めて「駒ヶ岳」のバッジを探してみたが、家内のランチョンマットにも、私のチロリアンハットにも付いていなかった。ひょっとしたら買わずに帰ったのかもしれない。

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2007年9月 3日 (月)

登山記念バッジのお話-2

昨日、家内がランチョンマットに登山の記念バッジを付けて飾っている事を紹介したが、私も昔買ったチロリアンハットに記念バッジを付けて、そのまま押入れにしまい込んでいるのを思い出したので探してみた。少々ナフタリン臭いが虫も食わずに健在だった。

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この帽子はちょっぴりいわく付きの、本場チロルのチロリアンハットである。登山記念バッジからは横道に逸れるが、この帽子を購入したいきさつを振り返ってみたい。

1984年、自動車技術会の国際会議(FISITA)がウイーンで開かれるのに合わせて、「自動車の技術とデザイン 訪欧調査団」が企画され た。団長は千葉大工学科工業意匠学科教授、メンバーは自動車各社のデザイン関係者。私も当時たまたまデザイン部に籍をおいていた関係で参加する事になった。

調査団の予定も前半(「ウイーンの国際会議への参加」、「ドイツ自動車各社のデザイナーとの情報交換及びミュージアムの見学」)が終わり、明日はイタリヤへ向けての移動日という時に、緊急動議が提案され『ミューヘンからミラノまでは空路の予定だったがキャンセルして、新たにバスをチャーターし、アルプス(ブレンネル峠)越えをしませんか』と言もの。会社への追加料金請求は旅行社に任せる事にし、話はとんとんと決まる。

ミューヘンからミラノまでは飛行機だと1時間ちょっとなのに、バスで13時間かけた観光の旅が始まった。そのはじめの観光地が、チロル地方の中心都市インスブルックである。 1時間ほどの自由時間に立ち寄った帽子屋で、頭が大きくて何時も帽子選びで悩んでいる私にぴたりのサイズ(62cm)を見つけ即購入する。

ちなみにこの帽子、羽根飾りは別売りで好みのものを選べるようになっており、私の選んだ羽根飾りは帽子本体より若干高かった事を憶えている。多分貴重な鳥の羽だったのかもしれない。(カメラ本体も結構高いのに、レンズがそれよりも高かったというようなもの)

この帽子、とても良い記念品にはなったが帰国後一度もかぶって外に出た事はない。もっぱら記念バッジの台座の役に甘んじている。

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2007年9月 2日 (日)

登山記念バッジのお話-1

私たち夫婦(特に家内)は山に行く度に、そこでしか手に入れることが出来ない記念バッジを、有れば必ず買って帰る事にしている。

そして、家内はそれを100円ショップで買ったランチョンマットに並べて取り付け、壁に飾る事にしている。数が増えるのも楽しみだが、見る度に過去の世界にタイムスリップ出来る良さも有る。

又、時たま孫達が来て『おばあちゃんスゴイじゃない』などと言ってくれると、待ってましたとばかり山の話になりDsc_0108 、最高に嬉しそうだ。

今年の鳳凰三山縦走でも、合計8個の記念バッジを購入した。山は3つだが山小屋それぞれにオリジナルなものもあり、マニア(?)にとっては取捨選択が出来ず、とうとう全部買う事になったようだ。合計金額4,500円也だが大蔵省の買い物に文句言うものなし。

ところが家に帰って荷物を整理してみると、どこにも記念バッジ8個全てが無いのである。色々考えたが、どうも荷物を宅配で送る時、私の不注意でゴミと間違えたようだ。家内の怒りも8個分と大きく、私はただ平身低頭謝り続けるより仕方なかった。

それから、お盆で子供や孫達が来るまでの間、食事の度に家内は壁のランチョンマットを見ては、私を責めたのである。

楽しい想い出ばかりだったこのランチョンマットも、今年から私にとってはちょっぴり苦い想い出が共存する物となった。

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2007年8月 3日 (金)

18年前を想い出しました

ブログでコメントをやり取りしているF'Trackさんに18年前の写真をリクェーストされ、当時のアルバムをめくってみた。Img1465

この写真は夫婦でアメリカ西海岸を旅した時のもので、風景だけの写真はほとんど無く、みな人物が入っている。よってサイズを小さくして雰囲気だけでもお伝えしたい。

私たち夫婦は、今年金婚式を迎える。写真の時効も来ているし、この歳で恥ずかしい訳でもない。 ただ人前にさらす顔ではないから・・・(笑)

 

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